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カニ星雲

─刻々と表情を変えていくプラズマの雲─

2005年2月4日

森 浩二(宮崎大 材料物理)

"An X-ray Study of the Crab Nebula with Chandra"
(学位論文:チャンドラX線天文衛星をもちいたカニ星雲の研究)
Mori K., 2002, Ph.D. Thesis, Osaka University
本学位論文は2005年2月4日に第21回井上研究奨励賞を受賞しました。


1. カニ星雲とは

カニ星雲はおうし座の角の先に位置する広がった天体で、可視光でみると網の目がからまったような恰好をしています。その見ための面白さから天文写真家にも好んで撮られる天体のひとつで、インターネット上にはいくつもの可視光画像が公開されています(「カニ星雲」、もしくは、「かに星雲」で検索してみてください)。このカニ星雲の正体は星が進化の果てに爆発した後の残骸─超新星残骸─で、実はその網の目にみえる構造は爆発した星の外層部なのです。この超新星爆発は人類に目撃された数少ない超新星爆発の一つで、西暦1054年におこりました。小倉百人一首の撰者として有名な藤原定家が残した日記「明月記」にもその記録が残っています(定家が実際にそれを目撃したのではなく、伝聞したものを書き残したのだといわれています)。

爆発時に星の外層が飛び散った一方で、星の中心部は圧縮され超高密度の星─中性子星─になりました。中性子星は中性子からできた星で、半径は10km程度と非常にコンパクトですが、その質量は太陽と同じ程もあります。このカニ星雲の中心にある中性子星は、高速回転しながらビーム状に電磁波を放射しており、私たちはパルス(周期的な点滅)を観測することになります。それは、あたかも、宇宙に浮かぶ灯台のようなものです。この種の中性子星は特に「パルサー」と呼ばれています。

さて、このカニ星雲のパルサーからは、常に高エネルギープラズマの風─パルサー風─が吹き出しています。そのパルサー風は周囲のガスとぶつかって衝撃波をおこし、プラズマの雲を作ります。そのプラズマの雲からは高エネルギーの電磁波がでるので、可視光よりもX線でみるとその様子がよくわかります。図1はチャンドラ衛星で撮像したカニ星雲のX線画像です。中心にある点源がパルサーです。プラズマの雲は、パルサーの自転軸方向にのびるジェットに対して軸対称の構造をしており、まるでコマのようです。コマの円板部にあたるところには、内側に衝撃波(インナーリング)、その外側に明るいトーラスがみえます。


図1: チャンドラ衛星によるカニ星雲のX線画像。白いところほど輝度が高い。向きは北が上、東が左。画像右下の棒線は1分角の見ための大きさ(満月の30分の1)をあらわしている。実際の距離に換算すると約2光年に相当する。

2. 表情を変化させていくカニ星雲

可視光でみえる網の目状の構造─フィラメント─は、爆発時から今まで膨張し続けています。その膨張速度はおよそ秒速1,500kmで、光速の約1/200です。我々の日常からみれば相当速い速度ですが、我々とカニ星雲との距離も相当離れているので(およそ6,300光年)、約6年間観測してようやく見かけの距離で1秒角(5km先の10円玉の大きさ程度)移動する様子がわかる程度です。その“ゆっくり”膨張するフィラメントとは別に、プラズマの雲の中心付近で、パルサーから吹き出したプラズマの塊がとても“はやく”移動していく様子がわかってきました。

図2は、カニ星雲の中心部を約6週間おきに4回撮像した画像を並べたものです。衝撃波(インナーリング)から、「ウィスプ」と呼ばれる環状の構造が波紋ように外側に広がっていく様子が見てとれます。このウィスプは、今まさに、パルサーから吹き出してきたプラズマの塊です。6週間程度で移動する様子が認識できることからもわかるように、ウィスプの速度はたいへん速く、光速の約1/2に達することがわかりました。この光速の約1/2という値は理論的に予想されていた値を有為に上回っており、これまでのパルサー風の理論に対して見直しを迫る結果となりました。さらに、今回の観測では異なる方向へ移動する複数のウィスプが同じ速度を持つこともわかり、円板内におけるプラズマの動きは中心からみてどちらを向いても同じ様に外に広がっている(方位角に対する依存性がない)ことがわかりました。


図2: 衝撃波(インナーリング)付近の連続画像。左上→右上→左下→右下の順に時間が経過。連続する画像の間隔は約6週間。ウィスプA、Bが衝撃波から外側へ広がっていく様子がわかる。

また、今回の観測期間中に、トーラスが“比較的ゆっくり”と膨張していたこともわかりました。図3は異なる時期に撮像した二枚の画像の差をとったものです。その撮像間隔は、左の図では3週間、右の図では19週間となっています。間隔の短い左の図では“はやく”変化するウィスプ部分だけが画像の差としてあらわれていますが、それに加え、間隔の長い右の図では“比較的ゆっくり”と膨張するトーラスの輪郭もくっきりとあらわれています。単に画像を見比べるだけではわかりづらい小さな変化も、その画像の差をとることではっきりと表示させることができます。これにより、今回の観測期間中にトーラスは光速の約1/10の速度で広がっていたことがわかりました。


図3: 異なる時期に撮像した二枚の画像の差をあらわす図。撮像間隔は左の図が3週間、右の図が19週間。白と黒の部分が二枚の画像で差のある領域で、灰色の部分は差がみられない領域。図の中心を通る白と黒の線は検出器に起因するもので、カニ星雲とは関係がない。

ウィスプやトーラス以外にも、ジェットに沿って動くプラズマの塊など、カニ星雲を形作るほとんどの部分が時間的に変動しています。カニ星雲全体のX線での明るさは非常に安定しており、X線天文衛星の較正にも使われたりするのですが、実は、カニ星雲の各部分は刻々とその表情を変化させているのです。

3. カニ星雲観測のこれから

カニ星雲は比較的私たちの近傍にあり、とても明るいため、詳細な観測がおこなえる数少ない天体の一つです。実際、天文物理の歴史の上でも様々な知見を我々に提供してくれました。超新星爆発により中性子星(さらにはブラックホール)ができるという考えも、実は、カニ星雲中にパルサーが発見されることでより確かなものになったのです。しかし、ほぼ100%に近い効率を持つとされる電磁流体加速や降着円板なしでのジェット形成など、我々が答えを出せていない宿題も未だに残っています。そして、そのことが「なぜカニ星雲はこのような形をしているのだろう?」という根本的な問いに繋がるのです。今回の観測で雲の中のプラズマの流れがわかったことにより、その問いへの答えが少しずつ見えてきました。現在、おこなっている新たな観測により、よりはっきりとした答えが導きだされることでしょう。

ここで紹介した結果は、共同研究者との協力によりうまれたものです。その中でも特に、私の指導教官であった大阪大学の常深博教授と、熱心に議論につきあってくださった山形大学の柴田晋平教授に深く感謝いたします。


連絡先:
宮崎大学 森 浩二 (もり こうじ)