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いま明かされるX線背景放射の起源

〜 活動銀河核の宇宙論的進化と巨大ブラックホール成長史 〜

2004年3月23日

上田 佳宏(JAXA宇宙研)

本研究は、「あすか」銀河系外サーベイチームとの長きに渡る共同研究の成果をまとめたものである(同様の解説記事はISASニュース2004年2月号「宇宙科学最前線」にも掲載)。
日本天文学会第15回研究奨励賞受賞


1. はじめに

最近の観測で、近傍に存在する銀河中心のほとんどに、太陽の100万から10億倍もの質量をもつ巨大ブラックホールが潜んでいることがわかってきた。たとえば我々の天の川銀河にも、太陽の約400万倍の質量をもつブラックホールが存在する。これら巨大ブラックホール---まさに宇宙のモンスターと呼べるだろう---は一体どのようにして作られてきたのだろうか?これは、宇宙の銀河全体の進化を理解するために不可欠な、現代天文学に課せられた最も重要な課題の一つである。本記事では、この問題を直接的に制限した、X線背景放射の起源についての我々の最新成果について解説する。さらに、これから示唆される巨大ブラックホール成長史の一部を紹介する。

巨大ブラックホールにガスが落ち込むと、その重力エネルギーが高い効率で放射に変換され中心が明るく輝く。これが活動銀河核(AGN)の正体である。放射されるエネルギーは莫大なもので、太陽光度の1000兆倍に至ることもある。ブラックホールはガスを吸い込むと、吸い込んだ分だけ質量が増える。いわば、モンスターは餌を食べることで太っていく。一度太ってしまったが最後、もう痩せることはできない。餌を食べている最中のモンスターは、食べられる餌の発生する悲鳴(=放射)によって明るく輝き、AGNとして観測される。モンスターは、食べる餌がなくなるともはやAGNではなくなり、一見、おとなしくなる(しかし成長したモンスターは決していなくなるわけではなく、銀河の中心に息を潜めている)。つまり、AGNとは、降着による巨大ブラックホール成長のプロセスである。よって、AGNの宇宙論的進化を知ることは、ブラックホール成長の様子を明かすことに直結する。

2. 硬X線観測の意義

AGNを見つけるための最も完全かつ効率のよい方法は、透過力の強いエネルギーの高いX線(硬X線)で探すことである。AGNは強い硬X線を出すので、普通の銀河とは比較的、簡単に区別できる。可視光では、星からの光が邪魔になるため暗いAGNを見つけることは難しい。可視光やエネルギーの低いX線(軟X線)を使う最大の問題は、塵やガスに深く埋もれた「隠された」AGN --- AGN全体から見て最も多い種族 --- に対して、ほとんど無力になってしまうことである。

以下に述べるように、宇宙全体に存在するAGNからのX線放射の重ね合わせは、「X線背景放射」として見えている。つまり、X線背景放射の起源を定量的に解明することは、AGNの宇宙論的進化を解明することである。AGNの統計的性質を記述する最も基本的な観測量が、AGNの空間数密度を光度の関数として表したもの、つまり「光度関数」である。赤方偏移パラメータごとに光度関数を知るためには、X線背景放射を個々のAGNに分解した上で、それを光学同定し、赤方偏移を一つずつ決めていくという大変なプロセスが必要となる。硬X線バンドでより感度の高い観測を行なうことは、HEAO-1、「ぎんが」、「あすか」、Chandra・XMM-Newton、宇宙研が計画中のNeXT衛星へと続く、X線天文学の発展の歴史そのものでもあった。AGN硬X線光度関数の宇宙論的進化の決定は、X線サーベイ天文学の目指してきたゴールの一つである。

3. X線背景放射 --- 40年来の謎 ---

X線背景放射は、X線天文学の始まりと同時にジャコーニらにより発見された、全天からほぼ一様に観測される強い放射である。その宇宙論的重要性は当初から明らかであり、その起源の研究は40年間にわたり常にX線天文学の第一の課題であった。そのスペクトルは30 keVに強度ピークを持ち、2 keV以上の硬X線バンドにおける放射(硬X線背景放射)がその大部分のエネルギーを占めている。「あすか」以前に行なわれた軟X線バンドでのサーベイでは、主に吸収を受けていないAGN(いわゆる1型AGN)が見つかっていた。ところが、それらのスペクトルはX線背景放射よりずっと軟らかく、同じ種族の足し合わせで起源を説明することはできない。この矛盾は「スペクトル・パラドックス」と呼ばれ、X線背景放射の起源を考える上で最大の問題であった。

我々は、当時最高の感度を有した「あすか」を用い、1993年から1995年の複数の時期にかけて、かみのけ座方向にある7平方度にわたる連続領域のサーベイ観測を行ない、2-10 keVの硬X線背景放射のおよそ30%を直接、点源に分解した(ASCA Large Sky Survey=ALSS)。ここで大事なことは、X線背景放射の主要な構成要素と考えられる、硬いX線スペクトルを持つまとまった種族を発見し、それらが強い吸収を受けていること、その結果、微弱なX線源の平均スペクトルが1型AGNのそれよりも有意に硬くなっている証拠を見つけたことである。さらに我々は光学追求観測を行ない、2 keV以上で検出された33個全てのX線源の同定に成功した。この結果、吸収を受けたX線源は全て赤方偏移0.5以下の近傍宇宙に存在することなど、いくつかの興味深い事実を発見した。

ALSSプロジェクトの頃から、秋山正幸氏(現・国立天文台)、太田耕司氏(京大理)、山田亨氏(現・国立天文台)らを中心とする光学天文学者との、密接かつ強力な共同研究が始まった。それは現在にも続いている。表紙の真中の銀河は、ALSSで発見されたAGNを、「すばる」望遠鏡で撮像した可視画像である。X線源のエラーサークルが左上の小画像(ハワイ大学88インチ望遠鏡による)に記されている。想像できるように、光学同定は決してスムーズなものではなく、「あすか」の位置精度(最終的な較正により、絶対位置精度は20秒まで向上した)との戦いでもあり、限られた望遠鏡の観測時間の中で、リアルタイムに判断し、あらゆる情報を用いて最大限の効率で追求を行なう観測は、まさに匠の世界である。我々ゲリラは、世界中の天文台を渡り歩いた。

我々の研究は、より定量的な評価を目指し、さらに大規模なサーベイ(ASCA Medium Sensitivity Survey=AMSS)へと進んだ。AMSSは全アーカイブデータを利用して、「あすか」GIS検出器の視野に偶然入るX線源を系統的に検出するもので、膨大なデータ量の解析を必要とした。一時期はX線グループのほとんどの計算機を占領して迷惑をかけながらも、これをX線カタログとしてまとめ、硬X線バンドで選択されたフラックス限界サンプルを定義し、その系統的な光学同定計画に乗り出した。これは数年がかりのプロジェクトとなったが、最近、その仕事を完了し、100個あまりのX線源をほぼ完全に同定することに成功した。AMSSのカバーした面積の広さは現在でも世界最大で、極めてユニークなサンプルとなっている。


図1: 「あすか」硬X線サーベイで見つかったAGNの可視光像の例(真中の銀河が対応天体)。「すばる」望遠鏡Suprime-Camで撮像。囲みの画像はハワイ大学88インチ望遠鏡で撮像したファインディング・チャート。

4. 明かされるAGNの進化の全貌

研究はいよいよゴール、いや大きな中間ステップへと至る。我々は、ALSS、AMSSに加えて「あすか」SIS検出器によるディープサーベイの結果を加え、さらに、より明るいフラックス側のHEAO-1衛星によるAGNサンプルと、より暗い側のチャンドラ衛星によるサンプルを合わせ、極めて同定完全性の高い硬X線選択サンプルを構築した。あとは光度関数を計算するのみ!しかしことはそう簡単ではない。過去の研究でほとんど無視されてきた、選択バイアスを完全に排除した解析方法を確立するには、半年がかりの試行錯誤が必要だった。

しかし遂に、我々は世界で初めて「隠された」種族を含めたAGNの光度関数の宇宙論的進化を解明することに成功した。この結果は同時に、X線背景放射の起源の大部分について、初めて定量的な解決を与えたものである。ここに至るまで、個人的には10年、人類として40年の歳月がかかったのだが、図にしてしまえば一瞬である。図2は光度関数そのもの、図3はAGNの空間密度を赤方偏移パラメータ、zに対してプロットしたものである。クエーサー(高光度のAGN)はz〜2にピークがあるが、セイファート銀河(より低光度のAGN)はz〜0.7あたりにピークがあり、もっと最近になって形成されてきたことがわかる。「大きなものほど後で出来る」宇宙の構造形成論から見て、一見、矛盾する結果であるのが面白い。我々は、これを母銀河の星生成活動との関連で説明できるのではないかと考えている。世界的な研究の流れは、AGNの進化から、AGNと母銀河の形成過程との関連の究明へと移りつつある。


図2: AGNの硬X線光度関数(共動座標での空間数密度を、硬X線光度の関数として示したもの)。赤方偏移パラメータの範囲ごとに異なる色で示してある。


図3: AGNの空間数密度の赤方偏移パラメータ依存性。黒:低光度AGN、赤:中光度AGN、青:大光度AGN。

始めに述べたように、我々の解明したAGNの進化は、巨大ブラックホール生成史を直接、制限する。適当な放射効率を仮定することで、光度から質量降着率、つまり単位時間あたりに食べられている餌の量を知ることができる。その結果、宇宙の単位体積あたりのブラックホールの総質量(=食べられた餌の総量)が、時間とともにどのように増加してきたかがわかる。図4はそのようにして得られた「ブラックホール成長曲線」である。この方法で計算された現在の宇宙のブラックホールの総質量は、近傍の銀河から、別の方法で調べられたブラックホールの総質量とほぼ一致する。最近のより詳しい計算によると、ブラックホール質量分布の形までもよく説明できることがわかってきた。では、より遠方の宇宙ではこの関係はどうなっているのであろうか?AGNができた時に、星生成はすでに終了しているのだろうか?世界のライバルからの心地良い刺激のもと、我々の挑戦はまだまだ続く。


図4: 巨大ブラックホール成長曲線。赤は、コンプトン散乱に対して光学的に厚い吸収を受けたAGNの寄与も含めた場合。点線は外挿部分。

5. 最後に

これらの結果は、世界の僻地にいる我々が、努力とチームワークを武器に、常に世界の科学フロンティアを切り開ける可能性を示すとともに、最高のタイミングで打ち上げられた「あすか」衛星の偉大さと、他波長との連携研究の重要さを証明することとなった。「あすか」サーベイに関わった共同研究者の方々はもちろん、衛星計画に関わった方々に深く感謝したい。


連絡先:
JAXA 上田 佳宏 (うえだ よしひろ)