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ついに見つけた 隠れたバリオンの存在

おとめ座銀河団のまわりに大量に存在する温度数百万度のガス

2004年3月21日

竹井洋、藤本龍一、満田和久、田村隆幸、山崎典子(JAXA宇宙研)、 柴田亮(名大理)、大橋隆哉、太田直美(都立大理)

本研究は、日本天文学会2004年春季年会にて記者発表しました。
事前配布資料(PDF, 1.4MB)当日プレゼンテーション内容(PDF, 2.7MB)
図をクリックすると解像度の高い図を表示します。


要旨

近年の宇宙論研究により、宇宙の大部分は未知の暗黒物質と暗黒エネルギーによって占められ、核子などの普通の物質(=バリオン)は全体の4%程度であることがわかってきました。ところが現在の宇宙の星・銀河・銀河団の高温ガスをすべて足し合わせても、存在するはずのバリオンの半分にも達しません。つまり普通の物質であるバリオンですら大半がどこにあるのかわかないのです。私たちはこの問題を解決するために、おとめ座銀河団の向こう側にあるクエーサーのX線スペクトルの精密観測を行ないました。そして、おとめ座銀河団のまわりに、これまでに見つかっていなかった温度が数百万度のガスが大量に存在する兆候を見い出しました。今回の観測で示唆されたガスが、これまでに見えていなかったバリオンの大部分を占めている可能性があり、宇宙の大規模構造形成を理解する上で重要な手がかりになると期待されます。


1. バリオンはどこにある?

過去10年来の宇宙論研究により、ビッグバンに始まる宇宙の歴史についての理解が大きく進みました。WMAP衛星などによる観測結果から、宇宙の年齢が約140億年と決まったことは記憶されている方も多いでしょう。同時に、宇宙の大部分は暗黒物質と暗黒エネルギーによって占められ、私たちの世界を構成する普通の物質、つまりバリオン(正確には核子(陽子と中性子)などの3つのクォークで構成される粒子のことを指しますが、ここではそれらで構成される原子、分子、イオン等も含めて、私たちのまわりにある普通の物質と同じ意味で用いています)はわずか4%しか存在しない、ということもはっきりしました(図1)。けれども、星や銀河、銀河団の高温ガスなど、これまでに観測にかかっている物質をすべて足し合わせても、存在するはずのバリオンの半分にも達しません。つまり現在の宇宙では、私たちにとって最も普通の物質であるバリオンの大半が見つかっていないのです。一体どこに行ってしまったのでしょうか。


図1: 宇宙の組成比(左図)と普通の物質(バリオン)の存在形態(右図)。宇宙の大部分は暗黒物質と暗黒エネルギーによって占められ、普通の物質(バリオン)はごくわずかしか存在しません。そのごくわずかしか存在しないバリオンのうち、星や銀河、銀河団の高温ガスなど、これまでに知られているものはほんの一部で、大半はまだ見つかっていないのです。

まず、数値計算による理論的な側面からの研究が進められました。その結果、バリオンの多くは温度が10万度から1000万度の極めて希薄なガスとして、クモの巣のような宇宙の大規模構造に沿ってフィラメント状に分布している、ということが示唆されるようになりました(図2)。


図2: 数値シミュレーションによって計算された宇宙の物質分布の例(吉川他による。出典はYoshikawa et al. 2001, Astrophysical Journal 558, 520)。左上が暗黒物質、左下が銀河、右上が温度1000万度以上の高温ガス、右下が温度10万度から1000万度の「温かい」ガスの分布を示しています。いずれの図も一辺がおよそ7000万光年に相当します。暗黒物質の分布は質量の分布と言い換えてもよく、フィラメント状に分布してクモの巣のような大構造を形成しています(左上)。暗黒物質の密度が特に大きいところには銀河団が形成され、その中に閉じ込められたガスは1000万度以上の高温になってX線を強く放射します(右上)。これに対してほとんどのバリオンは暗黒物質の分布を忠実に反映して、フィラメント状に分布しています(右下)。

理論的に描かれる宇宙の構造進化は次のようなものです。よく知られているようにビッグバン直後の宇宙は一様でしたが、その後、宇宙が膨張する一方で、重力による収縮が起きて星や銀河などの構造が作られました。その際、すべてのバリオンがこれらの構造に取り込まれたわけではなく、むしろ多くが銀河と銀河の間の空間---銀河間空間---に取り残されたのです。特に密度が高かった領域では銀河がいくつも集まって銀河団と呼ばれる巨大な構造を形成し、その中に閉じ込められたガスは温度が1000万度以上にまで加熱されてX線を強く放射するようになりました(図4も参照して下さい)。それ以外の領域は銀河団にまでは進化しませんでしたが、徐々に銀河団と銀河団をつなぐクモの巣のような構造を形成し、ガスの温度も徐々に上昇して10万度から1000万度程度になりました。そして、バリオンの多くはこの温度が10万度から1000万度のガスとして銀河間空間にフィラメント状に分布しています。

宇宙にあるバリオンの大半を占めていると考えられるこのガスのことを、以下では「温かい銀河間物質」と呼ぶことにします(10万度以上ものガスを「温かい」と呼ぶのは不思議かもしれませんが、これまでX線で観測されている銀河団の高温ガスは温度が1000万度以上にもなるので、それらより温度が低いという意味では「温かい」のです)。バリオンの大半が見つかっていないという問題を解決するために、そして宇宙の大規模構造がどのように作られ現在どのようになっているのかを明らかにするために、「温かい銀河間物質」の存在を確認し、その分布を調べることが重要なのです。

2. 「温かい銀河間物質」を探せ

それではどうすれば「温かい銀河間物質」を観測できるのでしょうか。温度が10万度から1000万度のガスは、紫外線ないし波長の長いX線(軟X線)を放射するので、それを観測するのがもっとも直接的です。けれども、希薄なために放射そのものが非常に暗い上に、この波長帯は観測すること自体が難しいので、容易ではありません。しかし、もしも「温かい銀河間物質」のむこう側に明るいクエーサーがあれば、クエーサーから放射されたX線あるいは紫外線が銀河間物質の中を通る際の吸収を観測できる可能性があります(図3)。「温かい銀河間物質」には電離した酸素が存在しているはずなので、クエーサーの軟X線、紫外線スペクトル中に電離した酸素の吸収線を見つけることが、その存在を確認するもっとも現実的な方法です。


図3: クエーサーと地球の間に「温かい銀河間物質」があると、その中に存在する電離した酸素によって、クエーサーのX線スペクトル中に吸収線が作られます。

そこで、チャンドラ衛星、ニュートン衛星、遠紫外線分光探査衛星などによってクエーサーの詳細なスペクトル観測が行なわれてました。その結果、いくつかの非常に明るいクエーサーのスペクトル中に、電離した酸素による吸収線が見つかったことが報告されました。しかし、報告された例のほとんどすべては私たちの銀河のすぐ近くにあるガスによるものでした。私たちの銀河(局所銀河群)のまわりにある銀河間物質が見えてきたと考えることもできますが、私たちの銀河の中にも同じような温度のガスが存在しているので、両者の区別は容易ではありません。つまり、探し求めていた「温かい銀河間物質」を確実に見つけたとはいえないのです。より確かな証拠として、もっと遠くにある「温かい銀河間物質」の観測が待ち望まれていました。

3. おとめ座銀河団のまわりに存在する温かいガス

理論によると、「温かい銀河間物質」は銀河団と銀河団をつなぐクモの巣のように分布すると予想されています。したがって、銀河団の近くを観測すれば温かい銀河間物質を見つけることができるのではないか、私たちはそのように考えて、観測に適した天体が存在しないかどうかを調べました。銀河団の背景に十分な明るさのクエーサーが存在することはめったにありません。しかし、私たちはおとめ座銀河団のむこう側およそ30億光年のところに適当なクエーサーが存在することに気がつきました(図4)。おとめ座銀河団は距離およそ6000万光年のところにある私たちにもっとも近い銀河団です。宇宙の膨張によって吸収線のエネルギーがずれるので、おとめ座銀河団のまわりにあるガスと私たちの銀河系の内部にあるガスは明確に区別することができるのです。


図4: おとめ座銀河団の可視光とX線の写真(ほぼ同じスケール)。可視光はDigitized Sky Survey (Space Telescope Science Institute提供)、X線はローサット衛星 (Max-Planch-Institut fur extraterrestrische Physik提供)による。左の写真に写っている広がった天体はすべておとめ座銀河団に属する銀河です。右のX線写真では個々の銀河以外に、銀河団全体が明るく輝いていることがわかります。温度が2000万度にも達する高温ガスが存在しているのです。私たちはおとめ座銀河団の中心から約1.4度南にあるクエーサーを観測しました。

私たちは米国と英国の研究者と共同で、欧州宇宙機関(ESA)にニュートン衛星によるこのクエーサーの長時間観測(28時間)を提案しました。提案は採択され、2003年7月13日に観測が行なわれました。私たちは直ちに観測データの解析に取り掛かりました。その結果、まさにおとめ座銀河団の距離に相当するところに、酸素の吸収線が存在することを示唆する結果が得られたのです(図5)。


図5: ニュートン衛星の反射型回折格子分光器によって得られたクエーサーの精密スペクトル。十字印が観測データで、2台ある観測装置のデータを赤と黒で区別してあります。実線は吸収線のモデルです。電離した酸素の吸収線の波長は1.898ナノメートルですが(緑の点線)、観測された吸収線は少し波長が長くなっています。このずれは、吸収物質がおとめ座銀河団の近くにあると考えた場合のずれとぴったり一致しています(青の点線)。なお、宇宙空間での天候の悪化により、今回の観測では当初予定していた時間の半分しか観測を行なうことができませんでした。そのため、吸収線の検出信頼度は2.3σ(約98%)でした。

この吸収線の深さから推定されるガスの量は、これまでに私たちの銀河のまわりに見つかった温かいガスの量を大きく上まわるものであり、おとめ座銀河団のまわりには「温かい銀河間物質」が大量に存在することを強く示唆しています。これまで隠れて私たちの目には触れることのなかったバリオンが、とうとうその姿を現したのです。同時に、これらのバリオンが銀河団という宇宙の大規模構造の周辺に存在しているということが初めて観測によって示されたのです。

4. 宇宙の大規模構造を明らかにするために

今後、同様の方法を適用することにより、他の銀河団のまわりでも隠れたバリオンの存在が見つかることが期待されます。私たちのグループでは、米国、ドイツの研究者と共同でかみのけ座銀河団でのバリオン探査を行ないます。

しかし、この方法は明るいクエーサーがたまたま存在する方向に限られます。したがって、隠れたバリオンの総量を知ることはできません。ましてや空間的な分布を詳しく調べることは不可能です。隠れたバリオンが大量に存在することが観測的に示された今、その分布を調べ、現在の宇宙の構造、その形成過程を明らかにすることが次の重要な課題です。そのためには隠れたバリオンの放射を観測することが不可欠です。

そこで現在、東京都立大、名古屋大、東京大、JAXAの共同グループで、最新の観測技術を応用したDIOS(ディオス)衛星計画を検討しています。DIOSは「温かい銀河間物質」の放射を調べ3次元マップを作成するための専用衛星です。DIOSの観測が行なわれたあかつきには、物質の分布が明らかになり、宇宙の大規模構造の形成過程が解明されるものと期待されます。


連絡先:
JAXA 竹井洋 (たけい よう)、藤本龍一 (ふじもと りゅういち)